カウンセリングの治療作用について―「未知な自分」への気づきを得ること―
記事カテゴリ:心理カウンセリング
【はじめに】
皆さんは「ジョ・ハリの窓」(左画像)をご存知ですか?
「ジョ・ハリの窓」とは、サンフランシスコ州立大学の心理学者であるジョセフ・ルフトとハリ・インガムによって発表された「円滑なコミュニケーションを考えるためのグラフモデル」のことで、二人の作成者の名前をとって、「ジョ・ハリの窓」と呼ばれるようになりました。
「ジョ・ハリの窓」は心理学の世界では初歩とも言える大変有名なモデルで、よく授業で用いられています。
「ジョ・ハリの窓」は、カウンセリングの治療作用を説明するうえでも分かり易いモデルなので、今回は「カウンセリングって本当に効果あるの?」と思っている人向けに、カウンセリングの治療作用について、「ジョ・ハリの窓」を入り口にし、実際のカウンセリング事例もまじえ、解説してみたいと思います。
【ジョ・ハリの窓】
まずは画像を見てください。「自分」が次の4つに分けられています。
❶左上の領域:自分も他人も知っている自分。「開放の窓」と呼ばれる領域。
❷右上の領域:他人は知っているが自分は知らない自分。「盲点の窓」と呼ばれる領域。
❸左下の領域:自分は知っているが他人は知らない自分。「秘密の窓」と呼ばれる領域。
❹右下の領域:自分も他人も知らない自分。「未知の窓」と呼ばれる領域。
読んでみていかがですか?皆さん納得のいく図式だと思います。
【誰も知らない自分への気づき】
さて、カウンセリングの治療作用で大切なのが、❷と❹のあなたが知らない自分の領域を減らしていくことです。なかでも重要なのが❹の領域です。❹の領域である「あなたも誰も知らない自分」に出会い、自分に対する“気づき”を得て、自己認識を深めていくことが、心身の不調からの回復には欠かせません。
実際、「カウンセリングの効果が期待できるかどうかの大きな要素の1つは、この“気づき”が得られるかどうかだ」と言われており、私の実感では、優れたカウンセラーほど、気づきがもたらす治療的作用を大切にしています。ですから、カウンセリングで気づきが得られているかどうかも、質の良いカウンセリングかどうかを考える目安の1つになります。
【カウンセリングの実際事例】
事例❶ たとえば、私のカウンセリングを受けていた方で、躁うつ病の成人女性の方がいらっしゃいました。
その方は、それまでの人との関わりから深く大きく心が傷ついていました。しかし、カウンセリングをうける中で、「自分が住んでいる世界」を知り、「自分という人間がどういう人間であるのか」に気づき、自己理解を深めていきました。すると、これまでの周囲とのコミュニケーションがいかに自分にとって負担であったのかがよく分かるようになったのです。また、どのような人間関係が自分にとってストレスフルなのかが分かるようになりました。そして、自分を精神疾患にさせるリスクのある人間関係とうまく距離をとれるようになったのです。その結果、3年ほどで躁うつ病は改善し、医者からも「あなたは躁うつ病なんかではない」と言われるほどに回復し、薬も「お守り」としての頓服だけになりました。
その後、「自分の住んでいる世界」が稀有であると知った彼女は、無理な付き合いをやめ、狭く深く人と付き合うようになり、自分にとってよき理解者の存在の価値について、今まで以上に感じるようになったのです。
事例❷ また、ある男性は長年強迫性障がいを患っていました。その方も、周囲の人たちのコミュニケーションに傷つき、調子を悪くしていました。自分はうまく喋れないと自信をなくし、ついには障がい者手帳を取得しなければいけなくなり、働く自信を失っていました。私はその男性の想いを大切にくみ取りながら、その方の気持ちや考えを整理することを手伝いました。すると、「自分が何を感じていたのか」「自分は何に傷ついているのか」「自分は何を大切にしているのか」など、自分についてハッキリと理解できるようになっていかれました。
また、私はその方にお会いしたときから、その方が持っている「力」に気づいていました。そのため、私はカウンセリングの度に、「あなただったらきっとできるはず」「あなたの力や魅力は〇○なところにあると思う」と繰り返し伝えていました。そこに、「ミスしているときは気を抜きすぎているように思う。気をいれるだけでミスが減ると思う」と付け加えました。すると、その男性は自分がもっている力に次第に気づいていき、物事の判断がうまくつくようになりました。特に、「気を抜きすぎている」というカウンセラーからの指摘は、彼にとっては大きな気づきとなり、その後顕著にミスが減りました。その結果、自分に自信がもてるようになり、自分の心のなかに“芯”ができていきました。それによって、今まで自信がなくストレスフルだったコミュニケーションも上手にこなせるようになり、カウンセリングの終盤には、就職も決まり、手帳も必要としなくなったのでした。
【自分も他人も知らない「自分」に出会う-「箱庭」と「夢」の力-】
例えば、箱庭で自分が置いたフィギュアのイメージから、「こんな自分がいたのだ」と気づきを得る方もいますし、制作した箱庭を客観的に眺めることで、「私はこんなに苦しんでいたのか」と、自分が置かれていた状況をはっきりと認識することができ、自分の苦しみを実感でき気持ちが楽になったり、視野を広げられる方もおられます。
また、箱庭と同様に夢も気づきをもたらしてくれます。
事例❸ある女性は、普段の生活では父親とは喧嘩してばかりで、「父憎し」と日頃から思っていました。ところが、夢のなかでは、「お父さん!」と言ってお父さんに抱きついてる子どもの頃の自分の夢をみたのです。彼女は夢見の内容について戸惑いました。しかし、カウンセリングをうけるなかで、次第に大人になった今でも父親を求めている自分に気づき(認め)、号泣し、その後父親との関係が改善されていったのです。
【夢見の力-「未知の自分」と出会うのは怖いことでもある-】
夢は箱庭と違って、完全に自分の無意識から湧いてきたイメージです。ですから、非常にダイレクトに心に響いてきますし、箱庭よりも心を変化させる強い力があります。
ですが、もちろんいい事だけではありません。夢は力をもっている分、リスクもあります。夢見の内容によっては、調子が悪くなる夢もあるのです。高校生の男の子は、カウンセリングのなかで、「自分が調子悪くなったのは、小学生のときに「扉を開く夢」を見てからだった」と振り返りました。
また、箱庭で置くフィギュアは意識的にコントロールできますが、夢は意識を越えたところからやってくるため、コントロールがききません。そのため、夢見の内容によっては、認めがたい自分を意図せずつきつけられることもあります。
夢はあなたも誰も知らない未知の領域です。「未知の自分」と出会うことは治療的ですが、一方で非常に怖いことでもあるのです。
【終わりに-「自分になる」ということ-】
いかがでしたか。ざっくりとした説明でしたので、分かりにくい箇所もあったかもしれませんが、カウンセリングにおける“気づき”を得ることの大切さ(治療効果)を感じて頂けましたでしょうか。
各種精神疾患をはじめとして、心身の不調で苦しんでいる多くの方に共通して言えることとして、“本来の自分”とは“ずれた”コミュニケーションをしていることが挙げられます。“本当の自分”とずれたコミュニケーションをとることは非常にストレスフルです。ずれたコミュニケーションを続けることで、無理が募り、心がもたなくなって鬱などの精神疾患を患う方も少なくありません。
そのため、心の病や悩みからの回復には、「本来の自分」「自分が知らない自分」を知ることがとても大切で、有益です。
「本来の自分」をとりもどし、「未知な自分」と出会い、統合していく作業は、「自分になる」ことでもあるのです。
記事「生きるための知恵ーユング心理学の視点からー 」「夢を生きる」につづく
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2017-09-02カウンセリングの治療作用について―「未知な自分」への気づきを得ること―
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