絵本とおにぎり
記事カテゴリ:雑感記事
今回は、私が大学院2回生の頃に出会った高校生の子たちとの交流について書いてみようと思います。もう10年ぐらい前の話なので、少し具体的に紹介しようと思います。私小説風の記事ですが、皆さんに伝わるものがあれば幸いです。
【「ハートケアサポーター」という仕事】
当時私は臨床心理学を学ぶ大学院2回生でした。そして、今はない「ハートケアサポーター」という仕事をしていました。「ハートケアサポーター」というのは、スクールカウンセラーの卵のようなポジションの仕事で、まだ臨床心理士の資格は持っていないけれど、大学院で臨床心理学を専攻する若い院生が、高校に行って高校生の相談に乗るというものでした。責任をおえる専門家とは言えない位置付けだったので、高校では担当教員の指示に従うことになっていました。
【高校生に絵本の読みきかせを行うことに】
ある時、担当の先生から「高3の○組で絵本を読んでやって欲しい」と言われました。私は「えっ⁈高校生に絵本?」と思いましたが、その先生が「あの子たちにはかたい内容の教科書なんかより絵本の方がいいのよ」と教えてくれたので、「なるほど」と腑に落ちました。そして、「そのクラスには純(仮称)がいるの。純は少年鑑別所にも何度も入っていて手がつけられなくて。他にもやんちゃな子たちがたくさんいるクラスでね。ちょっと絵本を試してみたいなと思ったの」と今回の企画の意図を教えてくれました。私は「なるほど〜」と思いつつも、「果たして大丈夫だろうか・・」と心配になりました。
私が行っていたそこの高校の地域は、家庭環境的に厳しい家が多く、学校よりも祭りが優先されるような地域にあり、ちょっと前まで大変荒れていた学校でした。先生からは「校舎の3階からバイクが降ってきたこともあるんだよ」と逸話を聞かされたこともありました。
【おおきな木】
高校生への絵本の読み聞かせを引き受けたものの、私は極度のあがり症で人前で話すのが苦手だったことや、私自身母親から絵本を読んでもらった記憶がなかったこともあり、どういう本を子どもたちに読んであげたらいいのか、とても悩むはめになりました。そして、1ヶ月ほどかけて絵本を探し、私自身はそれまで知らなかった「おおきな木」という絵本を選び、子どもたちに読み聞かせをすることにしました。
【ファーストコンタクト】
そうして高校生への絵本の読み聞かせの当日がやってきました。私はかなり緊張しながら、先生とともに3年生の教室に入りました。すると、高校生たちは興味津々に私を見て、人懐っこく話しかけてきて、「誰〜?」「なんて言う人〜?」「何才〜?」「彼女おるん?」などと挨拶がわりの質問攻めにあうことになりました。すると、後ろの方から少し大きな声で「先生、めっちゃ優しそうやな」と声をかけてきた男子生徒がいました。見ると、金髪でだるそうな服装をしており、一目で「あ、この子が純君か」と分かりました。しかし、先生が言っていた荒々しさはなく、私にはいたって純粋な少年のように映りました。私は彼とのやりとりに、自分の心が洗われるような感覚を覚えました。
【ありがとう】
そして、いよいよ絵本を読み聞かせる瞬間がやってきました。私は緊張で声を震わせながら読みはじめました。すると、少し落ち着いてきた頃に、子どもたちから喋り声が一切聞こえてこないことに気づき、さらに教室がシーンと静まり返っていることに気づきました。子どもたちは一言も喋らずに聴いてくれていたのです。私は不思議な感覚に包まれながら、絵本を読み進めていきました。そして、絵本を読み終えた時、安堵の心からか、子どもたちに対して「静かに聞いてくれてありがとう」という言葉が自然と口を衝いてでたのです。
読み聞かせの後、相談室に戻って先生と話すと、先生は「あの子たちがあんなに静かに聞いていることなんかないよ」とすごく感心した面持ちで話し、「純君のあんな穏やかな表情も初めて見た」と教えてくれました。そして、「あなたの「ありがとう」は見習わないといけないと思ったわ」と言われました。
【その時、何が起こっていたのか】
後日、私は先生から、読み聞かせに対する子どもたちの感想文をいただきました。読んで見ると、子どもたちからのたくさんのメッセージがあり、大きな木の立場を思いやっている内容や、私が絵本を読んでどう思ったのかが知りしたいという内容など様々でした。純君は「めっちゃよかった」とだけ書いてありました。絵本を読むのに一生懸命で、私にも何が起こっていたのか分からないので、うまく伝えられないのですが、子どもたちの心に何かが響いたような、もっとそれ以上の”何か”を私は感じました。読み聞かせのあの時、確かにそこには言葉にならない厳かな空間があり、神秘的な空気がその場を包んでいたように思います。
これは私の主観的な体験ですが、先出の記事『カウンセリングとまごころ』を書いた後に、「そういえば・・」と純君との交流や絵本の読み聞かせのことを思い出したのでした。
【居場所のなかったさち子】
話は変わり、高3女子のさち子(仮称)との話を紹介したいと思います。
さち子は、両親が二人とも小さい頃に蒸発し、小さい頃から祖父母に引き取られ育てられました。しかし、祖父はさち子のことを疎ましく思っており、「お前に食費がいくらかかってると思ってるんだ」などと、いつも嫌味や心ない言葉をさち子に浴びせかけられていました。そして、高3になると、さち子は家出を繰り返すようになりました。家に帰りたくないと、友達の家を転々とする日々を過ごしていました。さち子はどんな時も、夕方が近づくにつれ、元気がなくなっていきました。夕方が近づくにつれ、「今日はどこに泊まればいいのか」と心配で仕方がなかったのでした。
【母親に会いに行く】
私は先生から「さち子の相談に1度で良いので乗ってやってほしい」という紹介で、さち子と会うことになりました。
相談でのさち子は、ずっとうつむき加減で話し、言葉少なに話しました。けれども、語り口はしっかりとしていました。
2回目のカウンセリングの時には、夏休みを利用して「お母さんに会いにいってみたい」とさち子は言いました。私はさち子の言葉に覚悟のようなものを感じとり、「会いに行ってもさらに傷つくこともあるかもしれないけど、いいと思うよ」とさち子の決断を支持しました。
そして、夏休み後のカウンセリングで、さち子は「遠くから母をみてた。確認したわけじゃないけど、多分この人が母親だと思った。母を遠くから見ていたら、何か胸のつかえがとれて、何も言わずに帰ってきた」と、どこか悲しさと誇らしさが入り混じったような表情と口調で答えました。
【おにぎり】
私はそんなさち子に対して自然と「何かをしてあげたい」という気持ちが湧きました。同時に、立場上「何もできない」という葛藤にかられました。悩んだ末、「自分にできることは、さち子とのカウンセリングの時間を大切にして、寄り添いつづけることだ」と心に決めました。
ところがでした。突然、担当の先生から「さち子のカウンセリングは必要ない」と言われてしまったのです。私は腑に落ちず、先生に強く抗議すると、「さち子のような子はうちにはたくさんいるから」と言われてしまい、先生は逃げるようにさっていきました。さち子とのカウンセリングを続けることはできなくなりました。その後、さち子と担当の先生の関係が悪化していたことが分かりました。
しかし、先生もどこか罪責感を感じていたのでしょうか。しばらくしたある日、先生から「さち子が「来たい」と言っているから、カウンセリングということではなくて、お昼時にでもさち子に会ってやってほしい」と依頼がありました。
お昼時になると、さち子が相談室にやってきました。私は心配していたことを伝え、さち子は黙っていました。「ご飯は食べた?」と聞くと、さち子が「食べてない」と言うので、私はお昼用に買ってきていたおにぎりを「食べる?」とさち子に差し出しました。すると、さち子はおにぎりを手にとり、黙々と食べていました。私もさち子のそばで、もう一つのおにぎりを黙々と食べました。そして、さち子はあまり話すことなく、時間になると去って行きました。けれども、さち子とのその時間は、私にとってはいつものカウンセリング以上に、とても印象深い時間となったのでした。
それから卒業式まで、さち子が相談室に来ることは一度もありませんでした。ところが、卒業式の後日、私が相談室に行くと、先生から「さち子からメッセージがあるよ。箱庭を開けてごらん」と言われ、私はびっくりして箱庭の蓋を開けました。すると、指文字で箱庭の砂に「ありがとう」と描かれ、そばにはさち子の手形が押されていました。
私はさち子にずっと会えていませんでしたが、会えていない間も、さち子と私の間で何かが交流し続けていたように思いました。私は、さち子から人を支えるのに大切なことを教わったような気がしました。
てだのふあカウンセリングルーム
2017-09-15絵本とおにぎり
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