トラウマ⑵ トラウマと癒し
記事カテゴリ:トラウマ
PTSDの治療は、現在精神療法においては、認知行動療法やEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作および再処理法)が、最もエビデンスがある療法とされており、精神科などの医療機関におけるPTSDの治療に取り入れられています。
私のカウンセリングでは、認知行動療法やEMDRは行いません。ですが、心理教育を行うことなど、共通している部分は多くあります。私のカウンセリングでは、「物語ること」と「箱庭療法」による”癒し”を提供しています。
まず、PTSDになるようなトラウマ体験は、ご本人にとっては、思い出したくない、非常に辛い出来事だと思います。
ですが、どのような治療方法を取り入れようとも、トラウマ体験は消えることはありません。これは非常に残酷な事実です。
私は決して、トラウマを忘れようとする行為、忘れたいという想いを否定しているわけではありません。特にレイプなどの性被害の場合、忘れたいと思うことは当然のことです。
ですが、忘れたいという思いや忘れようという行為は、PTSD症状の1つである「回避」であり、PTSDの治療を妨げる一番の要因なのです。「回避」があると治療はうまくいきません。
PTSDの治療を行うには、大抵の場合、トラウマ体験について話す必要があります。「話す」ことは、意識することですから、PTSDの治療には、トラウマ体験を想起し意識することが求められるのです。これがご本人にとっては非常に辛い作業なのです。
ただし、「話す」と言っても、選択する治療方法によって、多少違いがあります。
まず、認知行動療法やEMDRは、トラウマ体験について事実は話すのですが、あまり感情には焦点をあてません。自ずと感情が湧き起ってくるのを待ちます。たとえば、EMDRは、眼球を動かす動作により、意識に脱感作が起き、緊張がほどける結果、感情が自然にでやすくなります。認知行動療法では、捉え方に焦点をあてることで、感情には接近しないようにしています。
心の治療すべてに言えることですが、特にトラウマ治療において辛いことは、感情を意識することです。恐怖、憎悪、怒り、悲しみなど、色濃い感情がトラウマ体験にはくっついています。
私自身は、PTSDは「トラウマ体験にまつわる感情が流れず、滞っている状態」と考えています。ですから、私のカウンセリングにおけるPTSDの治療(トラウマの癒し)は、滞っている感情を解きほぐし、自然に流れるようにすることです。その点では、EMDRと目的は同じです。しかし、手法が違います。
私が提供している箱庭療法は、トラウマ体験そのものを話さない(意識しない)で治療する方法です。箱庭はイメージによる心の内界表現ですから、箱庭を何回も作り続けているうちに、いつの間にか(無意識に)トラウマ体験を表すようなものが表現されていて、それによって、次第にPTSD症状が改善されていくといった具合です。ただし、全く意識しないでというのは難しいと思います。途中で表現している内容に気づいて意識することもあります。ですが、それは自然なプロセスで起こるものですから、心配する必要はありません。
もう一つの「物語る」というのは、トラウマ体験を意味づけていくことです。ここで、トラウマの治療の要である「三のR」についてご説明します。
[ トラウマの治療 三つのR ]
トラウマの治療には、「3つのR」が必要だと言われています。
3つのRとは、⑴再体験(Reexpericence)、⑵解放(ReLease)、⑶再統合(Reintegration)です。
トラウマ体験をカウンセラーに話すことで再体験し、トラウマ体験にまつわる感情を解放し、今まで心のなかで「異質物」であったトラウマ体験を自分の人生の中に意味づけ、統合していく、というプロセスを指します。
私自身、トラウマを抱えた多くの方のカウンセリングを経験し、実際にこのプロセスを体験してきました。そして、私自身もそうでした。
私がいう「物語る」とは、トラウマ体験を自分の人生の中に意味づけ、統合していくことを言います。最初は、なぜ自分がトラウマをうけなければいけなかったのか、理不尽な運命や、自分にトラウマを与えた加害者に怒りを感じます。その怒りを表現しているうちに、次第に怒りが落ち着いてきて、しっとりとトラウマについて考え述べるようになります。そして、「なぜ私がトラウマをうけなければならなかったのか」という問いに対する答えを、あなた自身が見つけていくのです。「トラウマを受けたことは、私の人生には○○な意味があった」「トラウマをうけたことで、今の私がある」というように。このあたりは、少し認知行動療法に近い部分かもしれません。
ここで、歌手で有名なレディー・ガガさんの話を紹介したいと思います。皆さんもご存知だと思いますが、彼女は2014年に出演したラジオ番組において、19歳の時にレイプされたことを告白しています。また、彼女は自身の曲「スワイプ」をとおして、性暴力について述べています。彼女はこの曲について、「レイプや混乱、激しい怒りについて書いた曲だったから。私は解放しなくてはならない多くの痛みを抱えていた」と述べています。そして、彼女は告白にいたるまでに、メンタルセラピーをはじめとした様々なセラピーを受けてきたのです。
PTSDの治療について、なんとなくイメージをもって頂けたでしょうか。
さて、ここから私の考えるPTSD治療の3つのポイントについて述べていきたいと思います。
[ トラウマの治療における3つのポイント ]
これまでは、「PTSDの治療をうけたい」というニーズを持っている人を対象にした治療について述べてきました。「PTSDの治療をうけたい」というニーズをもっている人の場合、トラウマ体験について焦点をあて質問されることは納得のいくことでしょう。しかし、PTSDの自覚はありつつも、「PTSDの治療をうけたい」というニーズがない人がカウンセリングをうけた場合、ややもすると、カウンセラーのほうがトラウマ体験に関心がいき、相談者の心の準備がないままにトラウマ体験を無理矢理意識させられることになります。これは、相談者にとって非常に怖い、辛い経験です。それ自体が2次トラウマになるリスクもあります。現に、私のもとに訪れた方からそのような相談を受けたことがあり、その時私は、治療者に対してそのことをしっかりと言うか、もしくはそのセラピーをやめることを勧めました。結果、その方はセラピーをやめることを選び、状態がよくなりました。
PTSDの治療はとても繊細です。ですから、信頼関係と安心感、安全感、話す人の心の準備が非常に大事です。これが1つめのポイントです。
2つめのポイントは、「トラウマの再体験」についてです。トラウマの再体験は、「話す」という行為だけではありません。実はあなたの生活のなかですでに起こっているかもしれないのです。あなたが今困っている問題は、よく考えてみると、過去のトラウマ体験と重なっている事柄が多くありませんか。実は、トラウマの再体験は、このように生活のなかでしばしば起こっているのです。ただ、それに気づかないでいるだけなのです。人生って過去におきた辛い出来事が、違う形で繰り返されるようになっているのです。
例えば、映画『天空の城ラピュタ』に出てくるラピュタは、シータのトラウマ体験(正確にはトラウマを含んだ体験や感情の象徴)を表現しています※。そして、ラピュタ(トラウマ)は、パズーの言う通りに、シータのおまじないによって封印が解かれ、シータを迎えに来ていたのです。このように、人生というものは、自分が望んでいなくても、過去のトラウマ体験に似たような出来事を通して、生活の中ですでにトラウマの再体験していることがあるのです。不思議ですね。
※私の心理学的解釈です。解釈を決めつけるものではありません。
上記のような人生の考え方を、「ユング派」のカウンセラーでは、「布置(星の巡りあわせのようなもの)」と呼んでいます。「布置」についてはここでは詳しく述べませんが、私は「布置」という考え方をとても重視しています。
あなたの星の巡り「布置」を読み取ることができるカウンセラーとのカウンセリングは、非常に有益です。何故なら、あなたも自分の人生において何が起こっているかが読み取れるようになっていくからです。不可解な出来事をあなたの人生に意味づけ、あなた自身の物語をつくりあげていくことができるようになります。
話がそれましたが、2つ目のポイントでお伝えしたかったことは、[トラウマの再体験は、あなたが望まずとも、生活のなかですでに起こっている可能性があること]です。
3つめのポイントは、1と2のポイントからのまとめで、[トラウマの治療は、あなたが今困っている出来事の相談のなかで、自然に行われるものであること]です。つまり、過去のトラウマの出来事だけを取り出して扱うのではないのです。過去のトラウマだけを扱うことは、あなたの身体のなかにあるトラウマという身体の傷を、無理矢理身体からひっぺがして治療するようなものです。このように説明すれば、トラウマ体験を話す準備ができていない人に対して、トラウマだけを扱う治療がどれだけ乱暴な治療であるのかがお分かり頂けるのではないでしょうか。
そして、2つめのポイントで述べたように、生きていると、トラウマ体験と類似した出来事を経験する時が来ます。その時に過去のトラウマ記憶がざわつき、苦痛をもたらします。けれども、その時こそがトラウマ克服のチャンスでもあるのです。トラウマの治療は、トラウマの再体験時における修正体験を通して行われていくのです。
例えば、小さい時の父親の暴力がトラウマになっている人が、大人になってから父の暴力を止めることができたことにより、今の自分は昔のように無力な自分ではない、何とかできるという実感を持てるようになることで、恐怖が和らぎ、トラウマの苦痛が改善されるというものです。
[トラウマ治療の専門家を名乗ることへの違和感]
前に述べた、グリーフケアの専門家を名乗ることに対する違和感と同じ類のものですが、私はトラウマ治療の専門家は、本来「生きることの専門家」でなくてはいけないと思っています。そのため、トラウマ治療の専門家という呼び名には違和感を感じるのです。ただし、ここで言う「生きることの専門家」とは、トラウマを抱えて生きることの大変さをよく理解し、その苦しみをよく知っている人のことです。
生きていると、どうしようもない出来事や苦しみもたくさんあります。一生癒えることのない苦しみもあるのです。
そして繰り返しになりますが、トラウマは、その人の人生のなかで扱われることが大切です。トラウマだけに焦点を当てた治療は、治療体験そのものが時に外傷体験になりかねません。
[終わりに]
けれどもトラウマと言えるような「心の傷」であっても、痛みを和らげることはできます。
先ほどの例のように、心の傷を身体の傷に例えた場合、トラウマの治療は、傷の上に貼ってあるバンソーコーを一度はがすことになります。はがすと、まだうんでいることが分かります。その傷は、何十年に渡ってうみつづけていました。治療の最初は痛むと思いますが、薬を塗り続ける(カウンセリングを継続して受ける)ことで、痛みが和らぎ、やがてかさぶたができ、かさぶたが剥がれた時には、「確かに傷跡は見えるけれど痛くない」「触ると少し痛いぐらいかな」というぐらいにまで改善します。
傷痕そのものは消えないけれど、痛みは和らげることができます。この想いを込めて、記事のタイトルを「トラウマと癒し」としました。
私のカウンセリングでは、お客様の生き方や人生を大切にし、トラウマ治療を行います。トラウマで苦しんでいる方がおられましたら、カウンセリングを是非ご活用ください。
ートラウマ⑶ 映画『もののけ姫』に学ぶ 「トラウマ」を生きる心の処方箋ー につづく
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2017-06-05トラウマ⑵ トラウマと癒し
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