トラウマ⑶ 映画『もののけ姫』から学ぶ トラウマを生き抜く心の処方箋
記事カテゴリ:トラウマ
さて、今回も引き続き「トラウマ」について解説していきたいと思います。そして、今回は、宮崎駿監督の映画『もののけ姫』を題材に解説していきます。なぜ『もののけ姫』を取りあげるのかというと、『もののけ姫』に登場するイメージと物語の展開が、トラウマを抱えて生きることの大変さについて、豊かに教えてくれているからです。
それでは早速解説していきたいと思います。
まず冒頭、アシタカがタタリ神に矢を放ち、タタリ神から呪いを受けます。この呪いこそがトラウマ、心の傷、すなわち「心的外傷」です(※『もののけ姫』で描かれているこの呪いは、正確には「聖痕」というべきレベルのものですが、ここでは詳述を控えたいと思います)。
アシタカのトラウマ(正確にはマゴの神のトラウマ)である呪いの痣は、そのまま放置すれば、骨まで喰らい尽くし、やがて命を奪うほどのものです。アシタカのトラウマがどれだけのレベルであったのかが分かります。
そして、村の長であるヒイ様がアシタカに語りかけます。「アシタカヒコや。そなたには自分の定めを見据える覚悟はあるかい?」。アシタカは「タタリ神に矢を射るとき心を決めました」と答えます。これは「トラウマと向き合う覚悟を持つこと」をさしますが、これが難しいのですね。
ヒイ様はつづけて語りかけます。「誰にも定めは変えられない。だが、ただ待つか自ら赴くかは決められる」。そうして、アシタカは西の国に旅立つのでした。トラウマのセラピーを受けることは、アシタカのように覚悟を決めて旅立つことと言えると思います。
その後、アシタカは呪いと引き換えにとてつもない力を授かりますが、怒りを源にした力を発揮する度に、痣は濃くなっていくのです。
ここで注目すべきは、その怒りの大きさです。ナゴの守の最後の言葉「汚らわしい人間どもめ・・・。我が苦しみと憎しみを知るがよい」にあるように、凄まじい怒りです。この怒りは、やがてアシタカの身体でのたうちまわる蛇として描かれています。
このように、通常、トラウマを受けた人には、大きな怒りが宿ります。この大きな怒りに、周囲も自分自身でさえも圧倒され、驚き、困惑します。トラウマから生まれる怒りはコントロールが難しいため、自身の身さえも滅ぼしかねないのです。トラウマを抱えた人であれば、この怒りの凄まじさはよくお分かりのことと思います。
このトラウマ性の怒りのコントロールはそう簡単ではありません。コントロールできるようになるためにも、まずは心の傷そのものを癒し、痣を薄くしていく必要があります。それには、トラウマによる心の傷を、そして怒りの奥にある気持ちを理解してもらう必要があります。
ですが、、これがまた難しいのです。怒りに対して人はとても拒否反応を起こしやすいからです。多くの人は、怒っている人を前に優しい気持ちになることができません。周囲はトラウマ性の怒りに圧倒され、怒りの理由を知ろうとするまでにいたらず、「なんてやつだ」「モンスターペアレントだ」「人格障害だ」などと蔑み終わるか、怒りの理由がわかっても「そこまで怒らなくてもいいだろう」と諭そうとしがちです。
このように、トラウマ性の怒り、トラウマ性の怒りに根ざした行動は、非常に理解されにくいのです。
私は『もののけ姫』の挿入歌が非常に好きです。ここでその歌詞を紹介したいと思います。
もののけ姫
歌:米良美一 作詞:宮崎駿 作曲:久石譲
はりつめた弓の ふるえる弦よ
月の光にざわめく おまえの心
とぎすまされた 刃の美しい
そのきっさきによく似た そなたの横顔
悲しみと怒りにひそむ まことの心を知るは
森の精 もののけ達だけ もののけ達だけ
いかがですか。トラウマを抱えた人の心情、悲しさがとても繊細に表現されていると私は思います。
それでは、少し具体的にトラウマを抱えた人の生きにくさを解説していきたいと思います。
対人関係によるトラウマの場合、例えば虐待の場合は、親からトラウマを受けることになるわけですが、すると、子どもは親に対して大きな怒りを抱えることになります。子どもは、成人してから親に怒りを訴え、親に謝ってもらおうとします。この時、親が心を込めて謝ってくれれば良いのですが、大抵の場合、親は自分の非を認めません。心を込めた謝罪はほとんど難しいでしょう。よくあるのは、親から「そんな昔のことを今更」と言われたり、「そんなことをした覚えはない」と言われます。親の立場に立てば、親も何か事情があり、苦しかったのかもしれません。ですが、子どもからすれば、この親の態度や言葉に、さらに傷つくことになります。子どもは、親に何らかの目に見える形で謝って欲しいと強く思っているのですが、なかなかそうはいきません。
さらに周囲がトラウマ被害を受けた子どもを追い込みます。怒りの理由を詳しく聞かないままに「虐待とかなんて関係ない!」「まだそんなことを怒っているのか」「いい加減に許したらどうだ」と言うのです。これらの言葉は、トラウマ被害を受けた子どもからすれば非常にショックな言葉です。そのため、私のもとを訪れた多くの子ども達が憤りながらこう言います。「何があったか詳しくも知らないで、よくそんなことが言えるなって思う」と。
そして、トラウマを受けた人は、多くの場合、その怒りの激しさから、人間関係において孤独になりやすい傾向があります。自分の悲しみと怒りにひそむ誠の心を理解しようとしてもらえないため、孤独感を強く感じます。
そして、映画『もののけ姫』は、トラウマを与えた相手を赦すことが簡単でないことを教えてくれています。
アシタカは、旅の末に、ナゴの守を殺した張本人であるエボシと対面します。その時、勝手に右腕が暴れだし、エボシを殺そうとします。その様を見たエボシが「その右腕は私を殺そうとしているのか」と言うと、アシタカは「呪いが消えるものならわたしもそうしよう。だがこの右腕はそれだけではとまらぬ。」と答えます。
また、親から捨てられ、狼であるモロの一族に育てられたサンは、アシタカとともにシシ神に顔を返した後も、「人間を赦すことはできない」と言い、アシタカと別々に暮らすことを選びました。
さらに、宮崎駿監督が後に述べていることですが、映画『もののけ姫』のエンドロールは、宮崎駿監督作品で初めて何も描かれないエンドロールだったのです。そこには、宮崎駿監督の「アシタカとサンが一緒に暮らすことがどれだけ難しいことかを、音楽を聴いて感じて欲しい」という想いが込められています。確かに『もののけ姫』の音楽は壮大で神々しいですよね。音質に重みがあります。
このように、トラウマ性の怒りは激しく、トラウマを与えた相手を赦すことは簡単でないのです。
その怒りの激しさから、トラウマ性の怒りや悲しみ、苦しみは、他人には理解してもらえにくいものです。そして、カウンセラーだから分かるという代物でもないのです。私の経験からすれば、やはりトラウマを経験した人でないと分かりにくいのです。
そのため、私のもとには、教育委員会を訴える人など、大きな怒りを抱えた人がたくさんいらっしゃいます。多くの人が理解してもらえずに、さらに苦悩を深め、苦しんでいました。
トラウマが癒えるには、怒りの理由を丁寧に聴いてもらい、怒りや苦しみを理解し、繰り返し被害者性を十分に認めてもらうことが必要です。
ヒイ様はナゴの守の身体にくいこんでいた鉄塊を村人に見せ、「見なさい。あのシシの身体にくいこんでいたものだよ。骨をくだきはらわたをひきさきむごい苦しみをあたえたのだ。さもなくばシシがタタリ神などになろうか…」と諭しました。このように、タタリ神にならざるを得なかったその理由を理解してもらえることが重要なのです。トラウマは理解してもらえないと、心のなかでずっとタタリ神として走り続け、生活にダメージを与えます。
怒りが十分に理解され、怒りが落ち着いてくると、次にうつがやってきます。このうつとどう付き合っていくかが、最終的な課題になります。
トラウマを抱えている方は、怒りを理解してもらえることが大切です。そのため、トラウマを抱えた方には、良き理解者を身近につくること、自然と繋がること、を私はおすすめしています。
以上のように、『もののけ姫』では、トラウマを抱えて生きる人の苦しみや大変さが、とても繊細かつ緻密に描かれているのです。
最後に良い話をお伝えして話を閉じたいと思います。
繰り返しになりますが、トラウマを与えた人を赦すことは非常に難しいです。しかし、少しずつでもトラウマと向き合いつづけることによって、赦せるようになります。宮崎駿監督作品『崖の上のポニョ』のあるシーンにそれが描かれているのです。
ポニョの父であるフジモトは、宮崎駿監督曰く、「人間の業を深く背負った存在」です。そのフジモトが、物語の終盤、宗介と握手するシーンがあります。このシーンこそが、『もののけ姫』では果たせなかった人を赦すことを成し遂げた瞬間なのです。私が『崖の上のポニョ』の中で1番好きなシーンです。
もし赦すことができたなら、それは幸せなことでしょう。赦すことができると、人生が豊かになります。私はそのお手伝いができればと思っています。もちろん赦せなくても構わないと思います。赦せなくても当然です。ですが、あなたが周囲の無理解にあい、さらに苦しみを深めてしまわないようにお役に立ちたいと思っています。
まとめ
1.トラウマと向き合う覚悟を持つ
2.トラウマ性の怒りの大きさを知り、怒りを鎮め、コントロールする方法を身につける
3.トラウマ性の怒り、トラウマ性の怒りに根ざした行動は、非常に理解されにくいこと知っておく
4.トラウマを与えた相手を赦すことは簡単ではなく、赦せなくても当然である。赦すことは難しいが、少しずつ向き合いつづければ可能である
5.トラウマが癒えるためには、怒りの理由を丁寧に聴いてもらい、怒りや苦しみを理解し、繰り返し被害者性を十分に認めてもらうことが必要である
6.トラウマを生き抜くには、良き理解者を身近につくること、自然と繋がることが大切である
てだのふあカウンセリングルーム
2017-06-07トラウマ⑶ 映画『もののけ姫』から学ぶ トラウマを生き抜く心の処方箋