他者を愛するということ
記事カテゴリ:雑感記事
私は月に1回、信頼する先生にお金を払い、自分自身のカウンセリングを受けています。
心理カウンセラーというと、カウンセリングに来られた人の気持ちを理解し受けとめる、「共感的理解」や「受容」を行い、傷を癒すというイメージを抱いている人が多いかと思います。
しかし、真の意味での「共感的理解」や「受容」という行為は、たやすいことではありません。
深く傷ついている人ほど、心中にいろんな自分を宿しています。
そのような深い心の傷を抱えた人を受容する場合、カウンセラー自身の心の傷や価値観、信念が関わってきます。クライエントを受容することが大切であり、それが専門家としての役割だと分かっていても、一人の人間としての自分の心が反応し、ときにクライエントに怒りを覚えもし、なかなかに受容できない場合があるのです。もしこのような経験をしたことがないというカウンセラーがいるとしたら、その人は偽物のカウンセラーだと私は思います。
クライエントを受容できないとき、「なぜ私は、わざわざお金を払ってまでカウンセリングを受けにきているクライエントを受容できないのか」「クライエントを受容できないのは自分に課題があるのではないか」「カウンセラーである私自身の心の傷が関係しているのではないか」「クライエントの苦しみを私は理解できていないのではないか」と、自分と向き合います。そして、自分のなかにある怒りをみつめ、怒りを整理することで、クライエントの苦しみを実感できるようになっていくのです。
他者の苦しみを理解し、他者を受容するためには、自分と向き合うことが必要不可欠です。言い換えれば、自分と向き合ってこそ、他者の苦しみを理解し、他者を受容し、他者を愛することが可能になるのです。
私はスクールカウンセラーの仕事のなかで、保護者の方によくお会いします。
あるお母さんが小学生の息子のA君が癇癪を起し、親の言うことを聞いてくれないと相談に来られました。
1回目の面接では、お母さんだけに来てもらい、状況について教えてもらいました。A君が幼いときにA君の実父とは離婚。A君が小学校にあがったときに新しい夫と再婚し、その夫との間で娘が生まれました。
2回目の面接では、お母さんとA君と一緒にきてもらい、親子同席で面接を行いました。お母さんはA君の癇癪などを述べたて、自身のイライラする感情を吐きながら、「どうして妹にあたるのか」「あなたお兄ちゃんでしょ」「お父さんはあなたをこんなにも愛してくれているじゃない」と息子を責め続けました。A君はふてくされ、寂しそうな表情をしました。A君は言葉の表現が上手でなく、言いたいことはあるのだけど、なかなかうまく表現することができませんでした。A君が主張したのは、「妹が先に手をだしてくるから(妹にやり返している)」というものでした。
カウンセリングを重ねるにつれ、A君の表情は豊かになっていきました。お父さんとの関係も良好になり、お母さんやお父さんにべったりするようになりました。
ある面接回でのことでした。お母さんが最近A君を外食に誘っても、A君が家族と一緒に食べに行こうとしないというのです。A君に気持ちを聴くと、A君は黙っています。そこで、私は「本当はもっとお父さんやお母さんに甘えたいけれど、妹がいるのでA君は親に甘えるのを遠慮(我慢)しているのではないか」とA君の気持ちを言葉にし、お母さんにA君と妹と親の関係について尋ねました。すると、お母さんは思い当たる節があったようで、「たしかに妹は甘え上手で、この子(A君)が父親に甘えに行っても妹がすぐに甘えにくるので、父親もやっぱり異性の妹が可愛いようで、この子は妹に父親をとられていると思います」と話しました。お母さんが話し終えた時、A君が静かに泣き始めました。最初は我慢していたA君でしたが、しだいにこらえられなくなり、机に突っ伏して泣いていました。それでも、我慢して声をあげないようにしながら泣いていました。
A君がトイレに行きたがり、席を外しお母さんと二人になったとき、私はお母さんに伝えました。
「新しいお父さんと本当の意味での家族になるというのは、子どもにとっては簡単なことではありません。A君はずっと疎外感を感じ、寂しさを感じていたのだと思います。お母さんの気持ちとしては、A君は愛されていて幸せだと思いたくなるのは自然な気持ちだと思います。でも、さっきA君の涙がA君の本当の気持ちなのですね。今日はA君が自分の気持ちを表現してくれて本当に良かったと思います。今まで表現することができずに苦しんでいたのだと思いますから」。
お母さんもまた、泣き始めたA君を見て、それまでA君にイライラしていた感じが消えていき、そうだったのかというような表情でA君を静かに見つめるようになっていました。お母さんも辛そうでした。そして、お母さんは「この子と夫や私、それぞれの二人だけの時間を大切にします」と言って帰っていかれました。その後、A君の癇癪は次第に和らいでいきました。
親にとって、自分の行為が子どもを傷つけ、苦しめていたことを認め、受け入れることは非常に辛いことです。また、親自身の心の傷があることによって、子どもの傷が見えにくくなることはよくあります。
子どもの苦しみを理解し、子どもを受容し、子どもを愛するためには、親自身が自分と向き合うことが必要です。自分の苦しみと向き合い、心の傷を癒し、怒りの奥にある悲しみを抱えられるようになって、ようやく子どもを理解し、愛することができると私は思うのです。
余談ですが、虐待の連鎖を断つためには、「内省」することが唯一の方法と言われています。「内省」とは、つまりは自分と向き合うことです。
私は、もっともっと多くの人が親自身の心の傷を大切に考え、親自身の苦しみや気持ちを表現することを大切にしてほしいと思っています。また、心のケアに携わる専門家をじめ、多くの人に、親が自身の心の傷を表現できるように、親の支援を大切に考えて欲しいと思っています。
私は、いつも寂しそうに薄暗い台所にたつ母親の姿を見てきました。母親は誰にも表現できない深い苦しみがありました。母はその苦しみを一人自分のなかに抱え込み、一人で静かに泣いていました。私にとって、母親は自分の世界に閉じこもっている少女のようでした。
あるとき、私は母親に激しく怒鳴られた時がありました。でも不思議と嬉しかったのです。なぜなら、怒った母親をみたとき、はじめて本当のお母さんに出会えた感じがしたのです。
残念ながら、私の母親は、誰にも自身の苦しみを表現しないままに、数年前に突然この世を去ってしまいました。
母の死後、母親が書き残していたノートが見つかりました。母のノートをみると、そこには母親の苦しい気持ちがたくさんつづられていました。
この世に、完ぺきな母親などいませんし、ときに子どもを傷つけてしまうこともあるでしょう。でも、それが普通の子育てであり、自然なことなのではないでしょうか。
怒りには必ず理由があるように、子どもを傷つけてしまうことにも必ず理由があります。背景があります。親自身が両親から傷つけられて育っているかもしれませんし、パートナーから傷つけられたり、理解してもらえずに苦しんでいるのかもしれません。
子どもを愛するためにも、他者を愛するためにも、世の中全ての人に、自分と向きあうことを大切にして欲しいと私は思います。
てだのふあカウンセリングルーム
2020-09-13他者を愛するということ
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